PN.Masaharuのプロフィール

1987-1988
アメリカのコロラド州に交換留学生として1年間留学しました。一応アメリカの高校卒業資格も持ってます。

1993
小規模な情報処理会社の下請けへ就職しました。
ちなみに奥さんと出会ったのもこの年です。

1996-1997
開発規模、年間1億円弱ぐらいの規模のシステム開発の責任者を何個か経験しました。
実績が評価され勤めていた会社の取締役に26歳で就任し、97年に妻と結婚しました。

1998-2000
仕事が本当に大変でした。
平均睡眠時間は3時間ぐらいで徹夜で家に帰れない日も多く、妻には寂しい思いをさせてしまいました。

2000-2001
半年ぐらい単身赴任した後で妻も呼び東京での生活が2001年の2月から始まりました。
何が悪かったのか原因不明なのですが、妻が2001年7月に突然の病気で亡くなりました。
あまりのショックでボクは生きていく気力を失い、独り孤独と悲しみにくれてました。
丁度9.11の事件があった年です。

2002
妻と将来の子供のために使おうと思っていた人生の行き先がなくなりました。
努めていた会社は思うところがあり退職しました。
転職したんですが、一回納品したシステムの品質が低すぎてお客さんから裁判をチラつかされているプロジェクトの責任者になりました(ヒドイですよね)

2003-2006
転職後の最初のプロジェクトが収束するまで1年近く掛かりました。
妻を失ったショックが何度もフラッシュバックしました。

2007
マイクロソフト株式会社に転職しました。
MSの製品を利用したシステムで、どうしても解決出来ない問題を解決する役割でした。
どれだけ1つのトラブルを効率よく解決したとしても、次のトラブルは別の場所で常に発生することから、この仕事は続けられないと思い早めに退職しました。

2007-2011
マイクロソフトを退職して、もう上を目指すのはやめよう、お金や名誉より健康で人間らしい生活の方が重要だと思うようになりました。
小規模なベンチャーでしたが、優れた技術者のいる会社に転職しました。
健康的でストレスのない生活が始まりましたが、もうボクの病気は抑えられないぐらい悪化していたようです。
自殺未遂後、医師に以前から勧められていた入院を初めて受け入れました。

2012
入院したまま昼間は出社したりもしましたが、最終的には退職しました。

2013-2019
今の住まいでひたすた引きこもりました。
途中から回復したいという思いと努力をすべて放棄するようにしました。
もう無理やり回復しようとしない。だから、ダラダラしてて良いんだ!と言い聞かせても人間そう簡単には変われません。

2020
治る努力を放棄した生活を何年も続けた結果、不思議と少し元気になりました。
今は就労継続支援B型事業所へ通いながらリハビリしてます。


終わりに

今考えても、1年近い休職→自殺未遂→入院→3ヶ月ぐらいしたら入院しながら昼間は会社へ出社とか、だいぶ頭おかしいですよね。「休め!」と言ってやりたいです。